ミッションとセッションとパッションついでにアセンション
2007年10月14日 日常 コメント (2)今日は娘を実家に預けて、妻とイッセー尾形を観に行く。後援会に入ったので良い席が取れた。
今日はNPOゼンセイネットの大切な例会でしょ。行かないでいいの?
夫婦で芝居見物ですか〜。
いい御身分ですね〜。
声が聞こえる。
借金があるから、節約生活を普段しているが、使う時には使う。
僕が今日イッセー尾形を観に行くのは、首相の靖国参拝に比較すべくもなく、元旦の初詣に比すべくもなく、私的な思い入れでもなく、チケットを購入してしまったという現実からだ。
ずっと独り占めしていたかった体験を書こう。
一昨年のワークショップに参加した時、最終日の楽屋前の廊下で、バイオリンを持ってうろうろしていたイッセーさん。
あれ? さっきあっちに行ったかと思ったら今度はこっちから。
ウォーキング?
音楽監督が現れないから、僕も落ち着かずうろうろしていたから、はちあわせ。
でも、十二弦ギターのチューニングとかしないといけないので、楽屋で一人でチューニングして練習していると、イッセーさんが入ってきた。
楽屋でイッセーさんと二人きり。
イッセーさんの引くバイオリンに合わせて、12弦ギターを一生懸命弾くが、何せ何十年ぶりかのギター(高2の時バイトして買ったギター)、コードを拾っていくだけなのが、中々うまくいかない、「今ここですよ」と、時々イッセーさんが弓で譜面をガイドしてくれながら、枯れ葉だったかな? 初見だったので何の曲か忘れたけど、セッションした。
その間は、当日の舞台の事も、緊張や焦りもなく、楽しめた。
「何か心に感じるものがありました」と、イッセーさんの言葉が嬉しかった。
芸能人と言うのは失礼?、芸術家とかいう人達は、全然別の世界の人と思っていたから、同じ時間を共有できたのは、僕にとって驚きというか、安達祐美さんと握手した時にも感じたが、同じ今を生きる仲間なんだなーという喜びに溢れた。
僕は僕の生活を守らねばならぬが、それより大きなミッションがある。
昨日見た映画のせいでは無いが、アミダ宇宙を信仰する僕としては、そのミッション(人助け)を、地道にコツコツとやっていこうと思う。
手帳を持っていなくても、障害のある人が五万といる。
社会的入院に至っては7万5千人もいる。
映画のように地獄に落とすのではなく、それぞれの天国、極楽浄土へと導きたい。
今苦しみのある人に、何れ笑い話に変わるのだと伝えたい。
感情に縛られるな。かと言って感性は失うな。自分の壁を自分で打ち破ること、それをアセンションと言う。
あー妄想は果てしない(笑)
コメント
でも、私だったら、そんないい思い出、すぐにしゃべりまくってます。1日だって、内緒にできないひろすけです。
僕には「お宝思い出」がまだまだ一杯秘蔵されています。年とって呆ける前に発表しちゃおうかな? とか思いますが、棺桶まで持っていくのでしょうね、きっと。